東京地方裁判所 平成6年(ワ)3584号 判決 1996年8月29日
原告
株式会社グローバルプレス
右代表者代表取締役
工藤忠利
右訴訟代理人弁護士
丸島俊介
被告
伊藤雄康
右訴訟代理人弁護士
小堺堅吾
主文
一 被告は原告に対し、金八一〇万八七七八円及びこれに対する平成六年三月九日から完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを五分し、その三を原告の、その余を被告の各負担とする。
四 この判決第一項は仮に執行することができる。
事実及び理由
第一 請求
被告は原告に対し、金一九四三万四八一二円及びこれに対する平成六年三月九日から完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
一 本件は、印刷・出版等を業とする原告が、被告に対し、本の制作残代金及びこれに対する訴状送達の日の翌日以降の商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを求めている事案である。
二 基礎事実(当事者間に争いがない事実のほかは、括弧内掲記の証拠により認定した。)
1 原告は、広告の企画・制作・仲介・代行及び印刷・出版等を業とする会社であり、被告は、「伊藤クリニック」の名称で形成外科・美容外科の医院を経営する医師である。
2 被告は、原告に対し、平成二年ころ、伊藤クリニックの宣伝広告のための単行本の出版企画を依頼し、同年五月、原告において、別表1のとおりの単行本見積(以下「当初見積」という。)を提示し、これを了承した被告との間で出版物制作供給契約を締結した(以下「当初契約」という。契約を締結したこと自体は当事者間に争いがない。当初見積の内容は、甲第四号証による。)。
3 原告は、被告の依頼により、平成五年六月までに、「伊藤クリニックの最新和風美容整形」第一ないし第三巻(以下これらを総称して「本件出版物」といい、各巻を単に「第一ないし第三巻」という。)を刊行した。
4 被告は、平成六年一月ころ、原告に対し、本件出版物の制作代金として、一〇四九万一九〇〇円(消費税を含めて一〇八〇万六六五七円)を振込送金した。
二 争点
1(一) 当初見積における代金額
(二) 本件出版物は、当初契約に基いて、制作されたものか。あるいは、当初契約は、一旦合意解除され、本件出版物は、新たな契約(以下「新契約」という。)に基づいて制作されたものであり、当初見積は、本件代金と関わりがないものであるか。
(原告の主張)
(一) 当初見積では、被告は、本件出版物と同一形式の四六版二〇〇頁程度の書物を一冊出版するにつき、制作費八〇三万円と被告の買取価額二四〇万円(定価一〇〇〇円の八割八〇〇円による買取代金三〇〇〇部分)の合計一〇四三万円相当額の出費が必要であると見積もられていた。
(二)(1) 当初契約では、原稿は訴外榊山に外注し、出版社も別途確保する予定であったが、その後原・被告間で契約内容の変更が続き、平成三年二月には、原告が原稿の制作編集等の業務を自ら行うこととなり、また、同年八月ころには、さらに内容を改め、ライター、表紙デザイナー等につき社外スタッフを使用して制作することになり、さらに平成四年初めころには、全三巻の出版物とすることに合意した。
しかし、これらの変更はあったが、被告自身が経営する医院の宣伝広告用の単行本の出版を依頼するとの本旨は、何ら変更されなかった。
(2)(予備的主張) 原告と被告は、遅くても平成四年初めころまでには、原告が外部スタッフを使用して本件出版物全三巻の制作編集等の業務を行うという契約(新契約)が成立した。
(被告の主張)
(一) 当初見積の「買取部数三〇〇〇部」は、被告が制作費を負担することに対する対価を意味するものであり(それゆえ、「出版社費用」三〇〇万円は、定価一〇〇〇円の三〇〇〇部分と合致している。)、被告が負担するのは、制作費八〇三万円のみの約束であった。
(二)(1) 当初契約は、平成三年九月、原告の担当者・営業第一部長舟越孝敏(以下「舟越」という。)と被告との間で、榊山の都合で実現できないという理由で、合意解除された。
(2) 右のように当初契約が白紙になったことに伴い、同年秋ころから原・被告間で、自費出版に切り換えるという話し合いが持たれた。右自費出版の具体的な打合せが開始されたのは平成三年一一ないし一二月ころである。
(3) 平成四年五ないし七月ころ、舟越と被告との間で、本件出版物のメインタイトル及び第一ないし第三巻のサブタイトルを本件出版物のとおりとし、定価は第一、二巻各三〇〇〇円、第三巻四〇〇〇円とし、発行部数を各一〇〇〇部とする出版契約(新契約)が成立した。
2 当初契約あるいは新契約における代金の定め
(原告の主張)
(一)(1) 当初契約につき前記1(二)(1)のような内容の変更が行われたため、代金については、当初見積を基礎としつつ、変更の都度、後日改めて見積書を提出して代金を定めるか、または、相当額を支払う旨の合意がされた。そして、後記(二)のとおり見積計算書を提出して合意した。
(2) 仮に当初契約の内容の変更の都度改めて合意をしなかったとしても、本件のように、外注スタッフを使用したり、当初の内容の約三倍のボリュームで全三巻の出版を行うなどの場合は、当初契約の内容上当然に、後に作業の目処がついた段階で改めて見積書を提出して代金の合意をするか、作業量に見合う相当額の代金を支払う旨の合意が含まれているというべきである。
(二) 原告は被告に対し、第一巻の刊行が近づいた平成五年一月ころ、第一巻の代金九七三万〇六六七円とする見積計算書(甲第五号証)を提出し、さらに第一巻の刊行を終えた後の同年四月末ころ、第二、第三巻の制作代金をそれぞれ九八〇万五二九一円、一〇七〇万五五一一円とする見積計算書(甲第六号証の一ないし三)を合わせ提出し、被告は、これらをいずれも異議なく受領して、制作作業の続行を依頼し、もって、右各巻について代金の合意が成立した。
(三) 仮に本件出版物が新契約に基づき制作されたものであるとしたら、原告と被告は右、(一)(2)、(二)のとおり代金額を合意したものである。
(四) なお、右各代金額は、単行本出版作業が進展してくるとともに、被告の注文に応じ、出版物の内容及び構成ともに大幅に代わり、ボリュームも大きくなったため、一冊の出版だけでは完了せず、全三巻七〇〇頁の出版を要することとなり、作業量が当初の予定を大きく上回るものとなったこと、被告は、製作作業の過程で、次々と内容を専門的な記述のものに変えていき、校正の度に大幅な加筆訂正や構成の変更を行うなど(原稿の修正、校正など全体で七稿にも及ぶ多量の修正があった。)、作業は、質量ともに、通常の範囲を著しく超えるものとなったこと、また、被告の要望で外部スタッフを確保するなどして必要経費が増大したこと、被告は、原告に対し資料提供、口述説明等をしたが、これを原稿にとりまとめ、編集、入稿し、数次の校正の上、完成させたのは原告であり、本件出版物は、原告が制作したものであることからすると、相当な額というべきである。
(被告の主張)
(一) 原告担当者舟越が被告に対し本件出版物全三巻の見積計算書(甲第六号証の一ないし三)を持参したのは、請求書を提出した後で、原・被告が代金額につき話合いをしていた平成五年八、九月ころであり、被告が甲第五号証(見積計算書)を受け取ったのは、その少し前のことである。
(二) 原告と被告は、遅くとも、前記1(二)(3)とおり本件出版物三巻の定価及び部数を決めた平成四年七月ころには、自費出版費用の上限を一〇〇〇万円と定める旨合意し、原告の舟越は、右上限を超える場合は、赤字覚悟でリスクを負う旨述べた。
(三) 原告の舟越と被告は、平成四年一二月、原稿校正に伴う追加費用については、一巻について約一〇万円、全三巻で三〇万円前後とすることを合意した。
(四) 編集は原告が主体的にやったもの、原稿の制作は、リライターが作成した一部のものを除き、文章、表・目次の指定、タイトル・イラストの指定、写真の指定等そのほとんどは被告が制作したものである。
すなわち、本件出版物の原稿は、もともと被告が作成ないし収集していた基礎資料をもとに被告がラフ原稿及び口述原稿を作成し、これと写真、イラストの元原稿、表、「大まかな章だて」「目次構成」「仮タイトル」「表紙カバーのイメージ」「本の型・大きさ案」等を原告側に提供し、これを原告側で社内編集して、リライターによりリライトし、数回の校正が被告側と原告側の共同作業で行われたものであり、原告側スタッフにより原稿が独自に作成されたものではない。本件出版物の原稿それ自体高度の専門性を有するもので、およそ原告側スタッフが原稿を作成できるはずはない。
4 当初契約あるいは新契約に代金の定めがなかったとした場合、商法五一二条による相当代金額はいくらか。
(原告の主張)
本件においては、出版等の業務を行う原告が、被告のため、本件出版物の制作を行ったのであるから、仮に代金につき明示の合意がなかったとしても、原告は被告に対し、商法五一二条により相当額の報酬を請求することができるところ、当初の企画後約三年を要し、ボリュームが大幅に増大して約三倍の全三巻七〇〇頁となったこと、原告の原稿作成作業は再三のやり直しにより著しく増大したこと、専門性が高く図面等も駆使する複雑な作業となったこと、当初見積においても、単行本一冊約二〇〇頁の制作に要する支出見積が合計約一〇四〇万円で異論がなかったこと等を勘案すると、本件出版物の制作代金は、原告主張額が相当である。
(被告の主張)
原告の主張する制作費は、異常に高価であり、出版業界の通常の相場に従って算定されるべきである。
前記3(四)で主張したとおり、本件出版物の原稿は、被告が作成したもので、原告が作成したものではない。また、三巻にしたのは、一冊の合本とした場合、分厚く持ち運びに不都合と考えて分冊しただけで、当初の本の内容及び構成が大幅に変わったためではない。
第三 当裁判所の判断
一1 前記基礎事実並びに甲第一ないし第五号証、第六号証の一ないし三、第七ないし第九号証の各一、二、第一〇号証の一ないし一三、第一一号証の一、二、三の一、二、四ないし七、第一二ないし第五七号証、乙第一ないし第三号証、第六ないし第二七号証、第二八号証の一ないし二九、第二九号証の一ないし四七、第三〇号証の一ないし七四、第三四ないし第三八号証及び証人舟越孝敏の証言、被告本人尋問の結果によれば、被告は、昭和五五年ころから、原告に対し被告経営の伊藤クリニックの広告の企画、制作などを依頼していたが、平成二年一月ころ、右医院の宣伝広告のための単行本を出版することを考え(医院としての広告は規制があるため、広告のためのビデオや単行本を出し、広告という形をとって医院の宣伝をすることが行われる。)、原告にその企画を依頼したこと、原告は、平成二年五月一六日付けで、別表1のとおりの当初見積を提出し、被告もこれを了解して当初契約を締結したこと、当初契約においては、榊山が被告から資料を受け取り、口述を聞いて原稿を作成し、製本、印刷等も別の出版社(訴外廣済堂が候補に挙げられた。)に依頼する予定であったこと、榊山及び舟越らは被告から資料等を受け取って仕事を始めたが、出版社もなかなか決まらず、同年末ないし平成三年一月ころには、榊山は右仕事から下りてしまったこと、そこで、原告と被告は協議のうえ、被告においていわゆる自費出版することとなり、原告が原稿の制作、編集その他の業務を自ら行うこととなり、出版社も、原告の関連会社である株式会社ロッキー出版とすることになったこと、その後、さらに原告においてライター、表紙デザイナー等につき外部スタッフを利用することとなったこと、右外部スタッフとして、訴外井上宏生(以下「井上」という。)、島上絹子(以下「島上」という。)らが採用され、被告にも紹介されたこと、右外部スタッフや原告の舟越らは、被告からラフ原稿や資料の提供を受け、口述を筆記して原稿にするなどして、原稿を作成したこと、そして、原告方及び被告方で右原稿をもとにして校正をしたが、通常の出版物に比べ訂正、書き直しが非常に多く、通常はゲラ(写植原稿)刷り後は校正は一回で、念をいれてもう一回やる(再校)程度であるのに、本件(特に第一巻)では、写植の校正が第五稿まで、青焼を入れて七回も全面的に書き直し、青焼をやり直したりすることもよくあったこと、分量も、当初見積では四六版二〇〇頁程度で五〇〇〇部が予定されていたのに、四六版で、第一巻は二〇〇頁、第二巻は二二四頁、第三巻は二八四頁で、各巻一〇〇〇部となったこと、被告は、右のように当初契約とかなり内容が変わってきたので、原告に対し見積を新たに出すように要求していたが、原告はなかなか出さず、平成五年一月ころ、舟越は、被告に対して、第一巻の作成費用は一〇〇〇万円程度になると言ったこと、これに対し、被告は、見積書が提出されなくては検討できない、いずれにしろ一巻当たり一〇〇〇万円ではそのまま納得するわけにはいかないと答えたこと、平成二年六月半ばころまでに本件出版物全三巻が完成し、原告は、その後別表2の内容の見積計算書及び第一巻九七三万〇六六七円、第二巻九八〇万五二九一円、第三巻一〇七〇万五五一一円とする納品書、請求書を被告に提出したこと、これに対して、被告は、減額を要求し、同年六月末ころから、原告の舟越と伊藤クリニックの事務の岸との間で話合いが持たれたこと、被告方では、参考のため取引があった訴外パル出版社に本件出版物を見せ、原稿料以外の部分につき見積書を出させ(以下「パル見積」という。)、原告に対しても他の出版社に見積をさせて話合いの参考にするよう提案したが、原告はこれに応じなかったこと、被告は、パル見積その他の出版社の意見を参考にして本件出版物の制作価格は総額一〇四九万一九〇〇円(消費税を含めて一〇八〇万六六五七円)が相当であるとして、右金額を原告に送金したことがそれぞれ認められる。
2(一) 原告は、平成五年一月ころ、第一巻の代金九七三万〇六六七円とする見積計算書(甲第五号証)を提出し、さらに同年四月末第二、第三巻を前記の金額とする見積計算書(甲第六号証の一ないし三)を提出し、被告はこれらを異議なく受領して制作作業の続行を依頼したと主張し(争点2の原告の主張(二))、証人舟越の供述中には右に副う部分があるが、被告の本人尋問の結果に照らし直ちに採用することはできない。もっとも、同年二月ころに被告が第一巻の制作費が一〇〇〇万円弱になることを舟越から聞いたことは被告も認めるところであるが、前記認定のとおり、被告は、内容を明らかにした見積書の提出を要求し、右金額をそのまま受け入れることはできないと言ったことが認められるので、第一巻の金額が舟越の申し入れた金額で決まったということはできない。
(二) 逆に、被告は、遅くても平成四年七月ころには、舟越との間で、本件出版物全体の制作代金につき一〇〇〇万円を上限とすることを合意したと主張し、さらに、舟越は、赤字覚悟でリスクを負うと言ったと主張し(争点2の被告の主張(二))、乙第三四号証及び被告の本人尋問の供述中にはこれらに副う記載及び供述がある。そして、乙第三一号証によれば、平成四年七月ころ原告と被告が取り交わした業務確認書では、本件出版物全三巻の定価(三〇〇〇円、三〇〇〇円、四〇〇〇円)及び部数(一〇〇〇部)が取り決められ、この総額が一〇〇〇万円になっていることが認められるので、被告としては右に釣り合う一〇〇〇万円を制作費と考えていたことが窺われないではない。しかしながら、前記認定のとおり、被告は、第一巻のみで制作費が一〇〇〇万円近くなると舟越から言われたのに、その後の制作を一時凍結する等の手段をとることなく、前記認定程度の対応をしたに止まること及び証人舟越の証言に照らし、被告の主張に副う前記各証拠は採用できない。
(三) ところで、原告は、主位的に、本件出版物は、当初契約に基づき制作されたものであると主張するのに対し、被告は、当初契約は途中で合意解除され、新たに締結した契約に基づいて制作されたと主張する(争点1(二))。確かに、本件出版物は、伊藤クリニックの宣伝のため、同医院がしている形成外科等の内容を詳しく解説した本であり、その目的自体は終始一貫しているのであるが、当初契約では榊山が被告から資料提供や口述を受け原稿を作成し、印刷等は他の出版社に依頼することとし、一般流通分も予定していたのに、本件においては結局原告が被告のラフ原稿や口述原稿、提供資料をもとに原稿を作成し、原告の関連会社に印刷等をさせ、一般流通分を作成しない(すなわち、広告、販売等も被告が行ういわゆる自費出版とする。)ことになったもので、その内容は大きく異なっているので、むしろ新たな契約によるものと解するのが自然である。そして、代金については、新契約に関しては被告の要求にもかかわらず事前に見積書が出されず、もとより契約書等も作成されず、改めて代金について合意することもなかったこと等前記認定の事実からすると、結局相当額を支払う旨の合意があったとみるほかはなく、ただ、右相当額を判断するにあたっては、原・被告が当初契約を締結するにあたって了承した当初見積も参考にすべきであると解される(本件出版物が当初契約に基づいて作成されたものと見ても、その内容は大きく異なっているものであるから、当初見積がそのまま適用されるわけではなく、結局当初見積を基礎としながら、当初契約上当然相当額を支払うべき合意があるものといわざるを得ず、結論的には変わらないものというべきである。)。
(四) なお、原告は、本件出版物の原稿は、被告提供の資料及び口述原稿等を元に原告方で作成したものであると主張し、甲第五七号証にはその旨の記載があるが、甲第一ないし第三号証と乙第二八号証の一ないし四七、第二九号証の一ないし七四を対比すると、例えば講演の資料等(例えば乙第二八号証の二、四等々)から本件出版物のような専門的な内容を原告方で作成し得たか疑問があり、むしろ、乙第三四、第三八号証及び被告本人尋問の結果にあるように、第一巻のうち井上作成部分とか、後書き部分等被告において認めているもの以外の大部分は、被告のラフ原稿及び口述原稿、資料を元に原告方でリライトしたものと認定するのが相当と思われる。
二1 そこで、次に、相当代金額につき検討するに、本件のような出版物制作契約について客観的に相当な代金額を算定するのは非常に困難であるが、当初見積(甲第四号証)やパル見積(乙第三号証)を参考にし、前記認定のように本件出版物を作成するについては長期間にわたり仕事が行われ、また、校正等が通常の場合に比べ非常に手間がかかり、青焼をしながらやり直したこともあることなどの特殊事情を考慮して、本件請求の基礎になっている見積計算書(甲第六号証の一ないし三。別表2)について検討する以外にない。
2(一) 別表2の①表紙デザイン、⑥イラスト料、⑦カメラ、写真借用料については、甲第四号証、乙第三号証、第三二号証及び弁論の全趣旨によりいずれも相当と認められる。
(二) 同②本文レイアウト、③編集料、④編集アシスタントについては、当初見積では「表紙装丁、レイアウト料」五〇万円の項目があるが、編集料については項目として挙げられていないこと、乙第三号証によれば、パル見積では、「編集・校正」一七六万円とされていることが認められること、及び乙第三一号証によれば、原告は、被告に対し「編集アシスタント」として柴崎恵子を使うと言ったことはなく、また、原告は、被告から制作をスピードアップしてほしいと言われたので、編集アシスタントを採用したという(甲第六号証の一)が、本件出版物の刊行には、前記認定のとおり相当の期間がかかっていることなどを総合すると、これら全部で、一七七万円(第一巻五〇万円、第二巻五六万円、第三巻七一万円)と認めるのが相当である。
(三) 同⑤校正料については、甲第六号証の一ないし三、第一一号証の一、二、三の一、二、四ないし七、乙第三二号証及び証人舟越の証言、被告本人尋問の結果及び前記認定の事実によれば、本件出版物は、通常の出版物に比べ訂正、書き直しが非常に多く、特に第一巻では七校まで校正し、青焼をやり直したりすることも沢山あり、非常に手数がかかったこと、もっとも右のような事態に至ったのは、必ずしも被告の責任のみではなく、原告方の責任によるところもあったこと、第二、第三巻については、いずれも五校までしたことが認められ、これらの事実と、当初見積においては、校正料は一〇万円と見積もられていたこと及び各巻の頁数を勘案すると、第一巻については、二三万三〇〇〇円(甲第六号証の一の三五万円の約一〇万円/一五万円〔基本校正料の比〕倍)、第二巻については一八万六〇〇〇円(右二三万三〇〇〇円の五/七倍の二二四頁/二〇〇頁倍)、第三巻については二三万六〇〇〇円(右二三万三〇〇〇円の五/七倍の二八四頁/二〇〇頁倍)、合計六五万五〇〇〇円と認めるのが相当である。
なお、被告は、平成四年一二月、舟越との間で、原稿校正に伴う追加費用について、一巻について約一〇万円、全三巻で三〇万円前後とすることを合意したと主張し、乙第三二号証及び被告本人尋問の供述中には、これに副う記載及び供述があるが、甲第五七号証によれば、右は、再販するときに明らかな誤字、脱字を写植の当該部分だけを直す代金であり、本件の校正料とは関わりがないものであることが認められるので、被告の主張は採用することができない。
(四) 同⑥原稿料については、甲第六号証の一ないし三、乙第六号証及び被告本人尋問の結果を総合すると、被告が自認する一〇〇万円と認めるのが相当である。
(五) 同⑦写植、版下、台紙制作費及び⑧印刷、紙、製版、製本代については、甲第六号証の一ないし三に詳細な内容の記載がなく、相当額の算定はさらに困難と言わざるを得ないが、前記認定のとおり、本件出版物は、多数回の校正を繰り返し、青焼をした後にもさらに手が加えられて、また青焼しなければならないようなときもあり、通常の出版物に比べて多額の費用を余儀なくされたこと、別表2の当該費用を合計すると、一七一三万五〇〇〇円となること、当初見積書では、「出版社費用(用紙、製版、製本、印刷代)」三〇〇万円で、約二〇〇頁の予定が七〇〇頁余となったので、この比率を単純に適用すると、一〇五〇万円となること、ただし、紙代や製本代を考えると、当初見積では二〇〇頁×五〇〇〇部=一〇〇万頁であったのに対し、七〇八頁×一〇〇〇部=七〇万八〇〇〇頁となり、逆に減っており、実際、証人舟越の証言によれば、紙代は約五〇万円程度安くなったことが認められ、また、同証言によれば、元来右の「出版社費用」には原稿や企画に関する分も含まれていることが認められること、パル見積によれば五八三万七九〇〇円と算定されていること等を総合すると、証人舟越のいうように通常の三倍もかからないとしても、パル見積の約二倍に当たる一一五〇万円を要したものと見るのが相当と考える。
(六) 被告は、⑨の制作管理費はせいぜい電話代等しかかからないと言うが、甲第五七号証及び証人舟越の証言によれば、右「制作管理費」なるものは、本件出版物制作の専従スタッフのため借りた事務所の費用等のほか、原告のスタッフの人件費等の経費及びマージン等が含まれていることが認められる(被告が提出する乙第五号証は、いわゆる自費出版ではなく、流通に回す部分があり、出版社は、これによりもうけを生み出すものと考えられるから、本件とこれらを同一に考えることはできない。)。そして、当初見積においては制作管理費は一〇パーセントとされていたこと、また、舟越は、その後原告が全面的に企画制作の業務を行い、かつ、大変な労力と時間を要したので、一五パーセントが相当であると言うが(甲第五七号証)、当初見積に比べると全体の経費が格段に増えているので、割合は変わらなくても管理費の実額はそれだけ増えること、及び前記認定の事実に照らすと被告において右管理費の割合一五パーセントを事前に承知していたとは認められないこと等を考えると、その割合は、一〇パーセントと認めるのが相当である。
(七) 以上によると、本件出版物制作の相当代金額は、合計一八三六万四五〇〇円、消費税を加えて、一八九一万五四三五円となり、支払済みの金員を控除すると、八一〇万八七七八円となる。
三 結論
よって、原告の本訴請求のうち、被告に対し、八一〇万八七七八円及びこれに対する被告に本件訴状が送達された日の翌日であることが記録上明らかである平成六年三月九日から完済に至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める部分は理由があるから、認容することとし、その余は失当であるから、棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判官滿田明彦)
別紙<省略>